世界最古にして世界最高峰と言われる有機農法「バイオダイナミック農法」について聞いたことはありますか? 最近は日本でもその名を耳にすることが多くなってきました。とは言っても、バイオダイナミック農園は日本では希少な存在で、実態の多くは知られていない農法の一つではないかと思います。
今回はバイオダイナミック有機農法とその農法を管理する認証機関デメターについて解説したいと思います。
Contents
バイオダイナミック有機農法とは
バイオダイナミック有機農法は、オーストリア人哲学博士ルドルフ・シュタイナーが提唱した有機農法の一種です。
ドイツの認証団体デメター(Demeter)がバイオダイナミック農法を管理しており、世界で最も厳しい有機基準とも言われ、オーガニック業界では一目置かれています。
出典:demeter
2019年6月のデータによると、デメター認証を取得した農家は世界63か国5,900人に上り、その取組面積は全体で20万ヘクタールにもなります。
日本で有機JASを取得した有機取組面積は約1万ヘクタール(2017年)。デメター認証を取得した農場の面積はその約20倍存在するということになります。
シュタイナー哲学を具現化した農法
独フェルバート市のバイオダイナミック農家Hof zur Hellen視察の風景。手前にあるのは農園で出た廃棄物で堆肥となる, 著者撮影
バイオダイナミック有機農法の始まりは、1924年近代農業に異を唱えたヨーロッパ中の農民がシュタイナーを講師として招き、開催した『農業講座』だったと言われています。
ここでシュタイナーは、農場はそれ自体が「生きた生命体」であり、無機的に単一製品を生み出す「工場」ではないと説き、合成農薬や化学肥料の使用は、人、動物、植物や自然が本来持つ生命力の低下を招いていると警鐘を鳴らしました。
現在、バイオダイナミック有機農法を基準として管理するのがデメター認証(demeter)。基準自体もシュタイナーの哲学的思想に基づいて作られ、生産や製造方法は彼の思想が具現化されたものになっています。
たとえば、シュタイナーは「農場はそれ自身で完成した個体である」と唱え、必要なものは農場ですべて生み出し農場に還元していくべきだと提唱しています。このシュタイナーの思想に基づき、デメター基準では、圃場(ほじょう)で使用できる素材のほか、その調達先の条件まで厳しい決まりが設けられています。
独バート・フィルベル市のバイオダイナミック・ヴィレッジDottenfelderhof視察の風景, 著者撮影
その厳格さの一例として、デメター認証と通常の公的認証の違いを説明すると、
- EUの公的基準:家畜の糞を肥料とする場合、その調達先の規制はない
- デメター基準:家畜の糞を肥料とする場合、農場から80km以内ならば調達可能
などといった具合に、より一層厳しい管理下のもとで生産されています。
その他にも、食品加工時に使用できる添加物、製造施設で使用できる洗剤、使用できる容器や蓋など、公的基準にはない厳しい決まりごとがデメター基準にはあります。
ちなみに、世界最古と言われる有機基準はこのデメター認証で、1928年に策定されています。
独バート・フィルベル市のバイオダイナミック・ヴィレッジDottenfelderhof視察の風景, 著者撮影
宇宙と自然界のエネルギーを活用した生産・製造方法
もう一つ、通常の有機農法と異なるのは、人や動植物といった自然界の事象は宇宙や霊的力から影響を受けているというシュタイナーの思想に基づき、そのエネルギーを活用するための様々なユニークな技法が存在することです。
たとえばどんなものがあるか、その一部をご紹介します。
調剤(プレパラート)
バイオダイナミック農法では、肥料や農薬の代わりに、水晶、ハーブ、家畜の糞などから作られた独自の調剤(プレパラート)を使用することが義務付けられています。
調剤には様々な種類があるのですが、代表的なものは調剤500(プレパラートの頭文字をとってP500とも呼ばれる)。日本語で、「牛糞牛角堆肥」とも呼ばれるこの調剤は、メス牛の角に新鮮な牛糞を詰めたもので、土壌活性化、肥沃化、植物の根の成長促進などの目的で畑に散布されます。
この角は、宇宙と動物のエネルギーを牛角の中の土に呼び込むために、秋から春にかけて地中に埋められます。春先に取り出されたら、丸くお団子状にして保管されます。
写真提供:独ランゲンローンスハイム村のバイオダイナミック・ワイナリーZwölberich
使用する際、お団子状の牛糞は水で希釈されます。その希釈方法にも決まりがあります。たとえば、木の枝などを使用して手動で混ぜ、定期的に混ぜる方向を変えて水が常に動的な状態であることを保つ。これを最低1時間繰り返すなどです。
他にも、牛の角の地中への埋め方、水と牛糞の配合の割合、畑への散布量、散布回数など細かい決まりがあります。
目安となる散布量は、田畑1haあたり角1個〜4個まで、希釈に使用される水の量は40ℓ〜60ℓまで、といった具合です。
独バート・フィルベル市のバイオダイナミック・ヴィレッジDottenfelderhof視察の風景。この樽と棒を使用して牛糞と水が混ぜられる, 著者撮影
他にも、土壌の窒素養分を安定させる目的で土中に混ぜられる調剤503(カモミール調剤)、養分吸収を高めるために使用される調剤506(タンポポ調剤)、植物の病気を抑える目的で使用される調剤508(スギナ調剤)などがあります。
カモミール、タンポポなどの乾燥ハーブは、小腸・腸間膜といった動物の一部に詰められ、土中に数ヶ月間寝かされます。原料集めから製造や使用準備まで、時間と手間をかけて丹念に作られています。
独フェルバート市のバイオダイナミック農家Hof zur Hellen視察の風景。調剤の原料になる乾燥タンポポを大事そうに持つ農家, 著者撮影
農事暦(バイオダイナミックカレンダー)
バイオダイナミック農法では、専用の農事暦(バイオダイナミックカレンダー)に従って農作業が行われています。
バイオダイナミック農法では約100年近い前から、太陽、月、星の運行や位置が植物に影響を与えていると考えられてきました。実際に、近年の研究調査によって天体の植物への影響が明らかになっています。たとえば、新月、満月、三日月といった月相が植物の発芽を促したり、植物の水分養分吸収を早め、成長や代謝などに影響を与えていることがわかっています。
バイオダイナミック農法では、これらの影響力を味方にして農業を行うことが推奨されてきました。農事暦では、日によって具体的な農作業が規定されています。農作物別に、種まき、植え付け、手入れ、収穫に適した日・適さない日があり、それが農事暦に明記されているのです。
独ヴェーゼル市バイオダイナミックリンゴ農園Clostermann Organicsオーナーによる農園ツアーの風景, 著者撮影
超自然的世界と科学の融合を目指すバイオダイナミック農法
一見するとスピリチュアルとも捉えられないバイオダイナミック農法がドイツを超えて世界中に広まった最大の要因は、超自然的世界に傾倒しつつも、この農法が動植物や土質などに与える影響を科学的に解明する努力を惜しまず行ってきたためだと私は考えています。
著者が卒業した独Hohenheim大学が保有するバイオダイナミック農法リサーチファームで使用される牛角, 著者撮影
1950年、ドイツ ダルムシュタット市でバイオダイナミック・リサーチセンターが設立し、以来ドイツ国内の大学や世界中の研究機関との共同研究が進められてきました。私が卒業した南ドイツの大学院でも、バイオダイナミック農法のリサーチファームがあり、研究が行われています。
シュタイナーの神秘的な教えは、今日科学的にもその有効性が立証され、デメター認証団体を通じて世界中の消費者から支持されるほどになりました。
ドイツで入手できるバイオダイナミック製品
独ヴェーゼル市バイオダイナミックリンゴ農園Clostermann Organicsが製造販売するデメター認証をとった蜂蜜, 著者撮影
生産者の手間と想いと地球の極上エネルギーがたっぷり込められたデメター製品は、ドイツの至る所で入手することが可能です。
食品の他にも、コスメ、ペットフード、精油、種子(食用と観賞用)などもデメター認証を取得したものが市場に出回るようになりました。
ここ数年はオーガニックスーパーや自然食品店などの専門店だけでなく、一般スーパーやドラッグストアなどでも見かけるほどの人気を博しています。
ドイツで入手できるバイオダイナミック製品の例:
- 野菜、果物、キノコ、お肉といった生鮮食品
- 小麦やお米などの穀物
- ナッツ、ドライフルーツ
- パンやケーキなどのベイカリー
- パスタ
- 牛乳、ヨーグルト、チーズ、バター、アイスクリームなどの乳製品
- ジュース、ハーブティー、コーヒー豆、ワイン、ビールなどの飲料
- ソーセージやハムなどの食肉加工品
- スイーツ全般
- 蜂蜜
- オイル・ドレッシング・ソースなどの調味料
- ベビーフード
- ピザやカット野菜などの冷凍食品
- ケーキミックス
- 絹豆腐など
デメター認証取得したマフィンミックス, 著者撮影
ドイツ国内おすすめバイオダイナミック農家
最後に、本記事でご紹介したドイツのバイオダイナミック農家のリストを下記でまとめました。いずれの農場でも、定期的にお祭りなどの催し物を開催したり、試飲・試食ができるスペースがあったりと、レストランやカフェといったお店を経営しているところがほとんどです。ドイツに訪問する機会がある際は、ぜひ訪ねてみてください。いずれも駐車場があり、お子さんなど家族での視察ウェルカムなとても気さくでフレンドリーな農家さんばかりです。
独ランゲンローンスハイム村のバイオダイナミック・ワイナリーZwölberich社長Hartmut Heintz氏と
●バイオダイナミック・リンゴ農園Clostermann Organics
Jöckern 2, 46487 Wesel
敷地内で夏と秋にバラ祭りと林檎祭りを開催
https://www.clostermann-organics.com/
●バイオダイナミック・ヴィレッジDottenfelderhof
Dottenfelder Hof 1, 61118 Bad Vilbel
敷地内にカフェ、スーパー、ベイカリーあり
https://www.dottenfelderhof.de/dottenfelderhof/uebersicht/
●バイオダイナミック有機農家(主に野菜栽培や酪農)Hof zur Hellen
Windrather Str. 197, 42553 Velbert
敷地内にカフェレストランあり
https://www.hofzurhellen.de/
●バイオダイナミック・ワイナリーZwölberich
Schützenstraße 14, 55450 Langenlonsheim
敷地内に販売所あり、不定期で試飲会実施、宿泊スペースあり
https://www.zwoelberich.de/