オーガニック業界にインスピレーションを与えてくれる人を追いかけていく企画第一弾として、有機JAS規格を抹茶原料農家として日本初取得された、オーガニック茶業界の第一人者「いしかわ製茶」三代目石川龍樹さんを取材してきました。
いしかわ製茶さんは昭和53年開墾当初から農薬を一切使用しない栽培を貫き通している日本のオーガニック業界のパイオニアです。国内茶業界で初めて抹茶の有機JAS認証を取得されています。
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国内オーガニック茶業界のパイオニア「いしかわ製茶」さんとは
写真提供:いしかわ製茶
いしかわ製茶さんは、家族で営まれている小さな茶園でありながら有機栽培への取り組みを評価され、平成20年には全国の茶農家から1軒しか選出されない農林水産祭にて内閣総理大臣賞を受賞されました。また、親子三代に渡って農林水産大臣賞を受賞されている国内オーガニック茶業界のパイオニアです。
いしかわ製茶さんのある愛知県豊田市はその70%以上が山間部です。豊田市の下山地区海抜600~700mに位置し、冬はマイナス18度近くまで気温が下がる極寒の土地で、いしかわ製茶さんはお茶の農薬不使用栽培・有機栽培を行っています。
昭和53年に茶の苗を植え付けた当初から農薬を一切使用せず、有機JAS規格で認められた天然肥料のみを施し、生産されています。
「いしかわ製茶」さんがオーガニック茶の栽培を始めるまでのストーリー
写真提供:いしかわ製茶
いしかわ製茶さんの始まりは、三代目龍樹さんのお爺様が昭和8年に開拓者として豊田市豊栄町で茶栽培を開始されてからです。
お父様の哲雄さんが19歳のときお爺様が倒れ、哲雄さんは急遽お爺様の跡を継ぐことになりました。茶栽培を継いでから、哲雄さんは大量の農薬が散布される茶栽培農法を目の当たりにし、健康被害を及ぼすであろう農薬使用に強い疑問を持ち続けていました。
1973年、当時あった茶園をまたいで鉄道が敷かれることになり、国から代替の土地を与えられることになりました。そこで、哲雄さんはそれまであった茶園の近くの土地ではなく、手付かずの山間の下山地区を希望しました。なぜなら、下山地区は冬にはマイナス18度になり害虫が越冬できないため農薬を使用せずに茶の生産ができると考えたからです。
そして、自然のままの下山地区で土地の開墾が始まりました。
最初の数年は廃棄されていたバスを茶園のそばに停車し、そこで寝泊まりする生活だったと言います。冬の凍死しかねない寒さの中で、パートタイマーの方も根を上げて辞めていきました。それでも哲雄さんは朝晩土地を開墾し続けました。
写真提供:いしかわ製茶
開墾から5年、ようやく茶の木が定着するようになり、哲雄さんは数種類の品種を植え、どの品種が寒さに強いか実験したりしました。そして、ようやく寒さに強い品種を見つけ出すことに成功し、農薬不使用の茶生産が始まったのです。
そんな努力にもかかわらず、農薬不使用栽培を始めた当初は、農薬不使用栽培に対する世間の風当たりは非常に厳しいものでした。取引していた問屋から農薬を使わない栽培を諦めるようにと諭されました。
その瞬間哲雄さんは、事実上の契約解除勧告に目の前が本当に真っ暗になったと言います。それでも「信念あって初心変えることは相容れません」と言い残し、農薬不使用栽培を貫きました。いつか自身の栽培方法が評価される時がくると信じて。
また、開墾当時下山地区はいしかわ製茶さん以外は農薬を使用した茶栽培をする農家さんばかりでした。しかし、日本にも有機JAS 認証システムが導入される時代がやってきます。そして、哲雄さんはこれからはオーガニックの時代が来ると農薬不使用オーガニック栽培の方法を惜しまず周りの農家さんに伝えました。
写真提供:いしかわ製茶
なんと、哲雄さんの努力は実り、現在では下山地区ではすべて農薬不使用オーガニック茶農家になりました。その取り組みが高く評価され、平成20年には全国でたった一軒選出される内閣総理大臣賞を受賞したのです。三代目の龍樹さんは父である哲雄さんのことをこうおっしゃいます。
「 父はただただ、頑固なんです。そしてずば抜けた先見の目がありました」と。
なぜ「いしかわ製茶」さんは有機JAS認証を取得できたのか?
写真提供:いしかわ製茶
いしかわ製茶さんは開墾当初から農薬不使用を徹底してきました。そのため有機JAS認証システムが導入された当時から有機JAS が求める基準をほとんどクリアしていました。
当時、認証基準は現在と比べて非常に厳しく、それまで農薬を使用してきた農家にとっては非常にハードルが高いものでしたが、いしかわ製茶さんは肥料の種類を少し変えるなどの対応で認証を申請することができたのです。
「これからは必ずオーガニックの時代がくる」と見越した哲雄さんが農薬不使用栽培を徹底してきたからこそ、直ちに有機JAS認証を取得でき、日本初のオーガニック抹茶農家になることができたのです。
「いしかわ製茶」さんのオーガニックに対するこだわり
写真提供:いしかわ製茶
いしかわ製茶さんは有機JAS認証システムが日本に導入されたのちに、スイスのオーガニック認証IMO、アメリカのオーガニック認証NOPも取得しました。これらは日本の有機JAS認証と比べてはるかに厳しいものです。有機JAS認証が国際基準となった現在も、これらの基準をもとにした栽培を続けています。
こういった取り組みもいしかわ製茶さんが国内オーガニック茶業界のパイオニアと言われるゆえんです。
「いしかわ製茶」さんの日本におけるオーガニックに対する懸念
写真提供:いしかわ製茶
日本では有機JAS 認証がどんどん緩くなっていると言います。 数年前から有機JAS も国際基準として認定されるようになりましたが、このままではまた国際基準から外されるのではと危惧しています。
たとえば、いしかわ製茶さんが使っている落花生粕(注)も化学薬品であるノルマヘキサンの使用が許可されるようになりました。しかし、いしかわ製茶さんは価格が高くても化学薬品を使わない圧搾落花生粕のみ使用し続けています。いつかそれが評価される「時」がくると信じているからです。
(注)落花生100%を圧搾製法にて油分をとり乾燥、粉砕した天然肥料。
「いしかわ製茶」さんにとってオーガニックとは?
写真提供:いしかわ製茶
いしかわ製茶さんの品質を守り抜いていくためにもオーガニック栽培を広めていくことは必須です。
地球温暖化が進んでしまい、冬の極寒な環境が失われれば、冬場も虫が繁殖してしまい農薬不使用栽培はできなくなります。地球環境問題はいしかわ製茶さんやその他のオーガニック茶栽培を行っている農家さんにとっても非常に切実な課題です。
「いしかわ製茶」さんの海外輸出の割合と現状
写真提供:いしかわ製茶
現在、いしかわ製茶さんで生産されたお茶が日本の市場に出回るのは生産量(総生産量5t)の16%です。残りの84%は海外に輸出されています。
これまで内閣総理大臣賞をはじめ数えきれない賞を受賞してきたいしかわ製茶さんですが、日本ではほとんど買い手がいないと言います。お茶自体の消費量が激減していること、オーガニックに対する認知の低さが理由のひとつです。そこで、海外に目を向けた三代目の龍樹さんはSNSでの地道な発信を続け、海外から問い合わせを受けるようになりました。
手作業で大変な労力を要し、世界緑茶コンテストで最高金賞を受賞したこともある「かぶせ茶」は、一時期栽培をあきらめかけていましたが、イギリスの茶専門店ポストカードティーズさんのおかげで生き残りました。現在、総生産量5tのうちたった5㎏しか生産されないこの最高品質のかぶせ茶は日本の市場には全く出回らず、100%イギリスの茶専門店に卸しているそうです。
写真提供:いしかわ製茶
また、龍樹さんの夢であったオーガニック意識の高いドイツからも問い合わせを受け、ドイツへの直接輸出を果たしました。現在はイギリス・ドイツに加え、ニューヨーク・マレーシア・スイス・カナダにもオーガニック茶を直接販売されています。
海外からの畑見学者
「いしかわ製茶」さんの農園には世界各国から多くの見学者がいらっしゃいます。これまでにイギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ドイツ、フランス、ベルギー、エジプト、香港、中国などからの見学者を受け入れてきました。
海外で高く評価され喜ばれるのを目の当たりにすると、龍樹さんは海外のお客様を大切にしたいと思うようになったとおっしゃいます。
海外と日本のお客様の反応の違い
写真提供:いしかわ製茶
日本では大々的なCMやブランディングが確立した商品がよいものと評価される傾向にあると言います。そのため、家族経営のいしかわ製茶さんは残念ながら日本での評価が低いとおっしゃいます。
オーガニックに対する認識についても、かつて日本は生産者と消費者が身近に繋がっていましたが、80年代を境にその繋がりは消え、今ではオーガニックは「自分のため」という個人の枠を出ず、一部の裕福層のためのものという捉え方になってしまったと。
また、豊田市は自動車をはじめ工業地帯という認識が強く、お茶の生産者たちには不利だそうです。さらに、家族経営で細々と続けている茶農家は、価格も非オーガニック商品と同等であってもあまり見向きされないと言います。
一方、海外では信用の基準は、誰がどのように作っているかが重要視されるそうです。
家族経営であること、オーガニックであることが、海外では非常に高い評価に繋がります。 日本では他の茶葉と混合され販売されますが、海外では「ISHIKAWA」 ブランドとして認知され販売されています。
以下は、いしかわ製茶さんのお茶を取り扱っている海外企業です。
●日本最高品質を自負するオーガニックかぶせ茶全量を卸しているイギリスのpostcard teas
https://www.postcardteas.com/site/product/gyokuroesque/
●MATCHA ISHIKAWA BIOとして販売されているドイツのSUNDAY NATURAL社
https://www.sunday.de/ishikawa-seicha/
●ORGANIC MATCHAとして扱っているニューヨークの茶カフェ雪月華
https://www.setsugekkany.com/online-shop/matcha/
●ニューヨークの茶専門オンラインショップspilledtea
https://spilledtea.com/product/ishikawa-matcha/
ドイツでは商品の質を数値化して表示されていますが、並みいるラインナップの中でいしかわ製茶さんの抹茶を最高品質と評価しています。
ドイツIOB代表レムケなつこがコーディネートしたベルリンのヒルトン系5つ星ホテルWaldorf Astoriaでのプロモーションでいしかわ製茶さんが振る舞ったオーガニック抹茶は、来場者から高い評価を得て、いしかわ製茶さんはさらなる自信を深めました。
「いしかわ製茶」三代目石川龍樹さんの地元での取り組み
写真提供:いしかわ製茶
三代目の龍樹さんは日本のオーガニック市場の現状に絶望しながらも、子どものころから大好きだった地元を愛し、地元でいしかわ製茶が売れ行きを伸ばしていくことが目標だとおっしゃいます。龍樹さんは、これからも下山地区に通い続け、農家として畑で働くことを最も大切にしたい、「農家として地に足をつけてやっていきたい」そう、何度も繰り返し話していました。
また、龍樹さんは自社農園だけでなく、地元の農家さんたちが結束して農業を盛り上げていく活動に取り組まれています。衰退する日本農業界を活性化するため、若手による農家団体を立ち上げ会長を務めています。
現在、農家の活動を様々な媒体で発信、地元での食育活動、小中学校での講演などを行っています。また、食品ロス問題にも並々ならぬ危惧を抱き、地元紙への寄稿なども行っています。
「いしかわ製茶」さんの夢、ビジョン、これからやっていきたいこと
写真提供:いしかわ製茶
三代目龍樹さんは、将来は日本と海外のシェアを半々くらいにしていきたいとおっしゃいます。海外で高い評価を得て、日本に逆輸入し、日本のシェアを増やしていくことが目標です、と。
「何年かかるかはわからないけれど、一生かかって成し遂げたい」とおっしゃっていました。
「いしかわ製茶」さんのオーガニック起業家へのメッセージ
写真提供:いしかわ製茶
「購入することが農家を応援することです。
オーガニック起業家の方には積極的にオーガニック商品を扱っていただきたい。
真の意味でオーガニックを理解していただきたいです。
発信し続けることが大切ですね。
どんな小さなことでも発信し続ける
絶やさない
やめてしまえばそこで途絶えてしまう
あきらめたらそこで途絶えてしまう
日本の現状に絶望してもあきらめない
嫌なこと、めんどくさいことも楽しんでやっていくことが大切だと思っています。
小さなことの積み重ねが大きなムーブメントを生み出すと信じています」
「いしかわ製茶」さんを取材して
今回の取材を終えてあらためて日本のオーガニック市場は非常に危惧すべき状況だと感じました。いしかわ製茶さんにお話を伺い、本当によいものを作っている生産者さんが評価されていないという日本の悲しい現状を目の当たりにしました。
日本人の意識と行動が変わらなければいけないと強く感じました。
いしかわ製茶さんのような真にこだわりと信念をもって作られたオーガニック商品が日本の市場でもっともっと、出回ることが重要だと思います。そのためにオーガニックに携わる多くの人たちが正しい知識を持ち、オーガニック商品を扱う際には何をよいものと判断するのか、その商品をどう入手するのか、そしてだれに売るのか、見極める力が必要だと感じます。
オーガニックに携わる一人一人の意識と選択が正しい方向を向けば、日本の市場も必ず変わっていくでしょう。長期的な視野を持って「今、どう行動するのか」を考え実行し、それを発信し続けていくことが大切だと思います。
「よいものをよい」と自信を持って日本の消費者に発信していく私たち一人一人の声が日本のオーガニック市場を変えていく大きな力となっていく、そう感じました。
追記:取材後の2020年3月にいしかわ製茶さんは日本初のオーガニック抹茶実現、数々の受賞歴を誇る高品質茶製造、輸出への取り組みなどを評価され日本農業賞大賞Japan Agriculture Award Grand Prizeを受賞しました。