近年、よく耳にするようになってきた「持続可能性」という言葉。
これは「環境・社会・経済などが将来にわたって適切に維持・保全され、発展できること」(デジタル大辞泉より)を意味します。
これからの未来に環境・社会、そして私たち人類を含めたあらゆる生命にとって非常に重要なテーマです。

今回は、世界が注目している「持続可能性」の重要性について、ドイツの「黒い森」と呼ばれる森の歴史からお話したいと思います。森林伐採という「持続可能性」を無視した長い歴史を経て、現代の森再生に向かうまでの道のりの中で、私たちがよりよい地球を未来に繋ぐために成し遂げなくてはならない大切なことを教えてくれます。

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ドイツ「黒い森」とは?

ドイツ黒い森黒い森を展望すると無数の「ドイツトウヒ」が見られる, 筆者撮影

 

ドイツ南西部にはシュヴァルツヴァルト(ドイツ語: Schwarzwald)という森林地帯があります。南北約150㎞に渡り、ドイツ最大の自然公園を有するこの森は、日本語では「黒い森」と呼ばれ、聞いたことがある人も多いかもしれません。

「シュヴァルツ(=黒)ヴァルト(=森)」という名は、森に植林されたドイツトウヒの木が密集することで、森が黒く、暗く見えることから名づけられました。

ドイツの自然愛好家にも愛されるこの「黒い森」。
しかし、現在は観光地としても有名な「黒い森」の姿には、実は日本ではあまり知られない歴史があるのです。

原生林だった黒い森

黒い森Nationalparkzentrum資料から黒い森「Nationalparkzentrum」展示資料を筆者撮影

 

現在は「ドイツトウヒ」が多く植林される黒い森も、実は昔は原生林でした。今の「ドイツトウヒ」が立ち並ぶ姿からはあまり想像しにくいですが、あらゆる種類・樹齢の木々が存在し、立ち木や倒木、様々な自然の姿はまさに”進入不可能”な森を形成していました。

原生林の特徴を一つ例に挙げると、原生林では樹木が存在しない空間があります。古木の枯死や、山火事、強風による倒木、甲虫により食べられるなどして、自然の流れの中でその空間は生まれていました。そしてそこに草食動物が集まり餌を得ていたため、長期間木を育成しない状態が続くのです。

このように、単一でない豊かな構造を持つ原生林には、多くの植物や動物にとって理想的な生息地がありました。食物循環、捕食者-被食者の関係、および共生(相互に利益をもたらす生物間の相互関係)は、密接に結びついた生態学的ネットワークを形成していました。

繰り返される森林伐採

黒い森Nationalparkzentrum資料から木材輸送の様子, 黒い森「Nationalparkzentrum」展示資料を筆者撮影

 

そんな原生林だった黒い森は、人間にとっては原材料とエネルギー源の宝庫でもありました。
14世紀に入ると、石炭鉱業、鉄鋼・ガラス工場の数が増加の一途をたどり、そこに必要な原材料・エネルギー源を得るため森林は大量に伐採されていきます。

黒い森で伐採された多くの木材の輸出先は、造船産業が盛んであったオランダでした。
オランダでの需要が高かったこの木は「ホレンダーホルツ」(ホレンダー:オランダの、ホルツ:木)と呼ばれるようになり、黒い森の一部が位置するドイツの「ヴュルテンベルク州」は欧州で主要な「ホレンダーホルツ」の供給元となったのです。

 

黒い森Nationalparkzentrum資料から木材輸送の様子。木材を筏にしてオランダまで輸送していた, 黒い森「Nationalparkzentrum」展示資料を筆者撮影

 

こうして輸出業が盛んになり伐採が繰り返された約50年の間に、黒い森地方の河川流域には木が存在しなくなったといいます。

 

黒い森Nationalparkzentrum資料から木材輸送の様子, 黒い森「Nationalparkzentrum」展示資料を筆者撮影

 

18世紀には一度最大量に達した森林伐採でしたが、20世紀に入ると経済的独立のための森林破壊が再び始まりました。

 

黒い森Nationalparkzentrum資料から1800年、森林が消えた黒い森の湖を描いた絵, 黒い森「Nationalparkzentrum」展示資料を筆者撮影

 

この「第二波」とも呼ばれる森林伐採が行われたのは期間にして約30年間。しかし、このわずか30年間の間に、上述の50年続いたオランダへの木材輸出よりも多くの木が伐採されたことが記録に残っています。

生産性重視のモノカルチャー

ここからは、伐採され続けた黒い森が今の様相になった理由をお話していきます。

黒い森の最初の植林は、1760年に開始されたと言います。
当時はまだオランダへの輸出業が盛んなころ。度重なる大量の森林伐採により森の地盤が弱くなっていったことは想像に難くありません。そしてその浸食への対策として植林が行われたのですが、そこには成長が遅いブナやモミの木は使用されず、「林業に有利」という理由で成長の早いトウヒが植林されたのでした。

 

黒い森の様子黒い森に並ぶドイツトウヒ, 筆者撮影

 

時は流れ、時代はドイツ第三帝国へ(1933年~1945年。通称ナチスドイツ)。第三帝国を築くためにはまた多くの木材が必要とされました。そして第二次世界大戦敗戦後には、フランスなどへの賠償の一部が原材料(木、石など)でまかなわれたため、生産性を重視したトウヒ植林に更なる投資が行われることになります。

これらの強制的な森林対策の結果として、黒い森は広大なトウヒ林と化したのでした。

森林伐採がもたらす森の脆弱化

上記の歴史が作った「単調なトウヒ林」には、林業と生態学の面で大きな欠点があります。

  • トウヒは根が浅いため、暴風雨による被害を受ける危険性が高くなる
  • 単一栽培のトウヒ林は害虫の影響を非常に受けやすい(例:キクイムシ)
  • トウヒは非常に密に植えられることが多いため、地面にほとんどの光が当たらなくなり、低い草木が育たない
  • 同じ樹齢かつ単調な森は、動物や植物に多用な住環境を与えないので少数の種しか存在しない
  • 食物連鎖のつながりが失われていることが多いため、生態系ネットワークが乱れる

歴史的な大型台風が救った森の未来

トウヒの球果, pixabay

 

原生林時代、長年に渡り木々からの落葉が分解され層となった森は、健康な土壌で覆われ、木々も根を深く張り強い地盤で守られていました。

一方、植林されたトウヒはどうかというと、トウヒの球果は落ちると分解されるのに時間がかかり長く地上に残るため、いい土壌を形成するのを妨げるという問題がありました。
その結果、他の木々や植物の成長を妨げ、地盤は弱くなり、地すべり・強風などの自然災害に対しても弱い森となってしまったのです。

それを物語るのは、ドイツでも記録に残る大型台風です。
1999年12月26日、最大風速272キロという勢いで黒い森を襲った台風「Lothar(ローター)」。翌日の黒い森の変貌・・・Lotharが通過した軌道をはっきりとなぞれるほど、多くのトウヒはなぎ倒されていました。

「モノカルチャーは自然災害に弱い」
「本来の原生林を取り戻すべきだ」
こうして「森のあり方」が見直され始めます。奇しくも大きな犠牲を払うことになったこの大型台風が、森再生へきっかけの一つとなったのです。

それから20年以上が経った現在、その「回復への歩み」が自然公園という形で存在しています。
2000年12月に設立された黒い森にある「Naturpark Schwarzwald Mitte/Nord」は、ドイツで最大の自然公園の1つ。そこでは訪問者が台風の爪痕と、その後の森の回復過程を見ることができます。

 

黒い森台風跡台風の痕跡を見られる「Lotharpfad」入口, 筆者撮影

 

黒い森台風跡歩道台風が通過した場所を歩くことができます, 筆者撮影

 

黒い森台風跡台風により損傷を受けた樹木, 筆者撮影

 

台風による打撃の大きさを見ることができる展望台があります。
黒い森は遠くから見ても、この部分には木がないことが目視できるのですが、実際にその場所に訪れると、台風の凄まじさを肌で感じます。

 

黒い森展望台からの風景展望台から見た風景, 筆者撮影

 

初めてここを訪れた私には、新しい樹木たちはまだまだ小さい印象だったのですが、この地域で生まれ育ったドイツ人の夫は、久々に訪れ、緑の回復にかなりの変化を感じていました。それほどまでに台風はすべてを奪い去り、また緑の回復には時間を要しています。

現在は、原生林に近い状態を取り戻すためブナやモミの回復に励み、250年以上前に開始された強制的な森林対策を補おうとしています。「森の一世代は100年以上」と言われることからも、トウヒ林が混交林へ移行していくには、これからもかなりの歳月と努力が必要であることが分かります。

持続可能な森へと再生しつつある黒い森

原生林を回復する過程でも、もう一つ忘れてはいけないのは、黒い森での「林業」です。経済を支える大切な一産業である林業を前に、今向き合う課題は「森の再生との両立」。林業も持続可能であることが求められます。

黒い森における「林業と森の再生の両立」に関する事例を一つご紹介します。

森には木を栄養源とする昆虫がいます(Borkenkäfer:キクイムシ)。原生林回復のためにはこのような昆虫も”自然”であるため殺虫しないことが求められます。
しかし林業には大敵の害虫であり、モノカルチャーの林にこのような害虫が発生すると被害が一気に広まります。
この状況への対策として行われているのが、原生林回復を図る自然公園と林業を行う地帯の間に設けられた「約500mの緩衝帯」です。
キクイムシは通常、半径約500メートル以内で移動する木を探します。この性質を利用し、自然公園周辺の約500メートルに「緩衝帯」を儲け、ここでは集中的にキクイムシの管理が行われます。林業が行われる地帯までの長さ約500メートルは、100メートル幅に分割され、そこに一人ずつの管理担当者をつけるという徹底ぶりです。

 

黒い森「約500mの緩衝帯」「約500mの緩衝帯」:左の緑部分が自然公園、右の緑部分が林業地帯。間の茶色部分が緩衝帯, Nationalpark Schwarzwald

 

原生林を回復させていく過程は木材の生産効率が落ちるため、経済的なダメージは免れ得ません。しかし長期的に見たときに、様々な動植物が共存しあい支え合う森は強く、強く健康な森は最終的には林業という産業面だけではなく、人間を含めたあらゆる生命への大きなメリットになります。

黒い森の歴史が教えてくれたこと

黒い森の歴史は、目の前の利便性や利益を求めた人間の行動により失ってきたものの大きさを教えてくれます。そしてドイツはその黒い森という大きな自然を相手に、おそらくこれから何十年、何百年という歳月をかけて再生の努力をしていくことを決めました。

この黒い森だけではありません。私たち人類が起因するさまざまな環境問題は、そのあまりの大きさに途方に暮れてしまいそうになることもありますが、私たちはその責任を放棄してはいけません。生産性だけを求める社会を今見直し、持続可能な世界を私たちの世代で作り、次世代に引き継がなくてはならないと考えます。

 

 

 

参考資料:
Nationalpark Schwarzwald(最終アクセス日:2021年1月19日),https://www.nationalpark-schwarzwald.de/de
NATIONALPARKZENTRUM展示資料(最終アクセス日:2019年6月21日),
Nationalpark Schwarzwald「BORKENKÄFERMANAGEMENT」(最終アクセス日:2021年1月19日),https://www.nationalpark-schwarzwald.de/de/nationalpark/aufgaben-ziele/borkenkaefermanagement
Schwarzwaldportal「Borkenkäfer im Schwarzwald, die Wälder sind bedroht!」(最終アクセス日:2021年1月19日),https://www.schwarzwaldportal.com/_borkenkaefer-im-schwarzwald.html

 

 

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