昨今、豪雨、猛暑、寒波といった異常気象が頻発し、自然災害による深刻な被害が世界中で相次いで起きています。日本各地でも観測史上最大級の大型台風や史上最悪の水不足などが近年多発しており、その激しさと頻度は年々増していくと専門家らは警鐘を鳴らしています。
その要因は地球温暖化にあり、地球温暖化を助長する最大原因の一つが、現代の食と農のあり方にあることが世界の研究者らの報告で昨今明らかになってきました。
2011年、国連食糧農業機関(FAO)は、地球温暖化の緩和と適応に貢献する食システムはオーガニックであると言及。以後、有機農業の実力を裏付ける学術論文が世界各地で発表され続けています。
本記事では、これらの論文に基づいて温暖化を始めとする気候変動問題を解決するオーガニックの秘密を簡単に解説したいと思います。
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近代農業が地球温暖化などの気候変動を加速させている
気候変動分野で最大の権威と言われる国連機関「気候変動に関する政府間パネル(IPCC、以下IPCC)」の報告書によると、食糧生産に伴って排出される温室効果ガスの量は、排出量全体の29%にもなります。
オーガニックセクターの国連IFOAM(国際有機農業運動連盟)は、その多くが集約的な慣行農業によるものだと指摘しています。
慣行農業の主な問題点は二つあり、一つ目は、森林などの植物や土壌に貯蔵されていた炭素を大気へ放出させてしまうことです。
コロンビア大学地球研究所によると、農地開発のための森林伐採や化学物質の過剰使用など、環境に配慮しない生産手段をとる近代農業によって、炭素の最大70%が大気中へ放出されたと考えられています。
慣行農業のもう一つの問題点は、生産過程で温室効果ガスを大量に発生させてしまうことです。
米ロデール研究所が行った約40年間に及ぶ研究では、有機農業と近代農業を比較した場合、慣行農業のほうがエネルギー使用量が45%多く、炭素排出量が40%多くなるという結果が出ています。
- 一酸化二窒素(N2O)*1 として大気に放出される化学窒素肥料を過剰に使用
- 化学物質の大量使用や大規模な単作*2 経営により、土壌が劣化する
- 農地開発のために二酸化炭素を固定する森林が伐採される
- 製造時に多大なエネルギーや化石燃料を必要とする合成農薬や化学肥料に依存している
- 高度な機械化が進む環境下で農業が営まれており、その際に化石燃料が大量に消費される
- メタン(CH4)*3 を大量に生産する集約的畜産業が行われている
*1 一酸化二窒素(N2O):温室効果ガスの一種、二酸化炭素(CO2)の約300倍の温室効果がある
*2 単作:一つの土地に一種類の作物だけを栽培すること。
*3 メタン(CH4):温室効果ガスの一種、二酸化炭素(CO2)の約25倍の温室効果がある
有機農業は地球温暖化の緩和に貢献
オーガニックが地球温暖化緩和に貢献する理由の一つは、大気中にある炭素をより多く土壌に固定することができることにあります。
有機農業研究所(FiBL)が行なった有機農業と慣行農業を比較したメタ分析で、有機農業が営まれている田畑ではより多くの炭素が土中に貯蔵されることがわかりました。
スイス国立農業研究機関アグロスコープが実施したメタ分析でも同様の結論が導き出されています。有機田畑では土中の炭素が年平均2.2%増加するのに対し、慣行農業では増加しないことが確認されています。
有機農業では、合成肥料の代わりに、緑肥、堆肥、有機質肥料などが活用されます。これらの一部は微生物分解を受けにくい土壌有機炭素となり、土中に炭素が貯留された状態となります。
その他にも、オーガニックで温室効果ガス排出量削減が期待できることもわかってきました。有機で食料が生産された場合は、エネルギー使用量の45%カット、炭素排出量の40%削減に繋がることが既に言及したロデール研究所の比較調査でわかっています。
- 化学肥料の代わりに、マメ科植物などの緑肥、堆肥や有機質肥料が活用される。緑肥や肥料の一部が微生物分解を受けにくい土壌有機炭素となり、土壌中に炭素が貯留された状態となる
- 炭素を土壌に固定する森林を活用したアグロフォレストリー(森林農業)などが積極的に採用される
- 緑肥などを活用して不耕起・省耕起が採用される場合、土壌中の有機物の分解を遅くすることができ、土中の炭素を増やすことができる
- 合成肥料を使用しないため、製造時に大量に消費される化石燃料の削減に繋がる
- 化学窒素肥料が使用されないため、土壌から放出される一酸化二窒素(N2O)の発生を削減できる
- 肥料・堆肥や家畜の餌などの投入物を農場内で作る場合、輸送距離が縮まるため輸送にかかるエネルギーを大幅に削減することができる
地球温暖化時代にこそ有機農業は強い
有機農業は、土壌の健康状態を高めることが可能です。それゆえに、近年世界各地を襲う水害、干ばつ、冷害、高温障害などの異常気象条件下でも、比較的安定した収量を確保することができるという報告があります。
たとえば、日本では、1993年異常気象による冷害のため、戦後最悪と言われるコメの大凶作となりました。今は亡き農学博士で東海大学名誉教授だった片野学氏によれば、慣行栽培を営む稲農家では場合によっては皆無作に近い状態であっても、有機稲農家は半作から七分作の収量を確保できていたと言います。
また、ロデール研究所が40年間行った有機農法と慣行農法を比較した研究では、有機農法のほうが干ばつ時の収量が最大40%高くなることが明らかになりました。当研究所の科学者らは、有機農業が営まれている土壌は土壌有機物が多く保水性が高いことから、水不足が起きても農作物の収量を安定させることが可能だったと結論づけています。
- 肥沃な土壌が形成されるため、植物の根系が強大に発達し、異常気象状況下でも収量を確保しやすい
- 土壌中の有機物含有量が多い事から、土壌の養分や水分の保持能力が高いため、異常気象状況下でも収量を確保しやすい
- 保水性だけではなく排水性も同時に優れているため、干ばつおよび水害両方の自然災害に適応できる
- 合成農薬が使用されないことから域内の生物多様性が高まる。そのため、害虫や病原体に対する作物の抵抗力が高まり、異常気象状況下でも農作物の損失リスクを抑えることができる
温暖化する未来を食と農で変える
2015年、国連で採択された地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」において、「世界平均気温の上昇を産業化以前と比較して1.5℃未満に抑える」という目標が国際社会で合意されました。
国連IPCCは、早ければ2030年にも気温上昇が1.5℃に達する可能性があると指摘しています。そうなれば、生態系の劇的損失が生じ、地球上のサンゴの9割が死滅する可能性があると言われています。
その他にも、異常気象の悪化、海面上昇による居住地の水没、感染症発生のさらなる増加など、人命を脅かす事態が世界中で頻発すると考えられています。
IPCCによれば、地球温暖化の要因は95%の確率で人為的なもの。裏を返せば、私たち人類の行動様式や社会の仕組みを変えることができたら、今後の温暖化の進行を食い止めることも可能だということ。
私たちは「食べる」という行為を通じて、世界規模の食と農のあり方に影響を与えています。私たちの日々の食卓から、地球温暖化の緩和や適応に大きく貢献することだって可能なのです。
有機農業は、人、動物、植物、土などの健康を維持する過程で、炭素蓄積や自然災害に耐え得る力といった土や生命にもともと備わっている能力を高めます。オーガニックを広めることで地球や次世代を守ることができると私は確信しています。
参考文献:
Columbia University (2018). News from the Earth Institute. Can Soil Help Combat Climate Change?(最終アクセス日:2020年3月10日), https://blogs.ei.columbia.edu/2018/02/21/can-soil-help-combat-climate-change/
FAO (2011). Organic agriculture and climate change mitigation. A report of the round table on organic agriculture and climate change. December 2011, Rome, Italy.
FiBL (2020). Climate Change and Organic Agriculture(最終アクセス日:2020年7月10日), https://www.fibl.org/en/themes/climate-info/climate-background.html
Ghosh, P.K., Mahanta, S.K., Mandal, D., Mandal, B., R., S. (Eds.) (2020). Carbon Management in Tropical and Sub-Tropical Terrestrial Systems. Singapore: Springer.
IFOAM (2020). Organic Agriculture Countering Climate Change. May, 2020, Bonn, Germany.
IPCC (2014). Climate CHange 2014 Synthesis Report. May, 2018.
Leifeld, Jens & Fuhrer, Juerg. (2010). Organic Farming and Soil Carbon Sequestration: What Do We Really Know About the Benefits?. Ambio. 39. 585-99.
Poore, J. and Nemecel, T. (2018). Reducing food’s environmental impacts through producers and consumers. Science 01Jun 2018 : 987-992
Radale Institute (2020). Climate Change(最終アクセス日:2020年7月10日)https://rodaleinstitute.org/why-organic/issues-and-priorities/climate-change/
日本有機農業研究会 (1999). 有機農業ハンドブック―土づくりから食べ方まで